3年生になって最初の演習は組み分け演習という実力に見合った3つのクラスに生徒を分ける為のものが行われる。
一般に、成績優秀者は雪組、成績、能力のバランスが伴った者は月組、能力の絶対値が高い者を風組に分ける傾向がある。(風組は成績では他のクラスに劣る者が多かったりもする…)
組み分け演習の説明がホールで行われた。今年の組み分け演習には《エンブレム》が参加する。
選ばれた演習は『カード・ゲーム』――課題カード3枚、アイテムカード2枚を引き、カードに示され、与えられたアイテムを効率良く使用し、課題となるアイテムを期限までに提出する。最終的に全てのカードが手元になくなれば課題はクリアーとなる。引いたカードの組み合わせ次第では有利にも不利にもなる。
「名前を呼ばれた者から順にくじを引きなさい」
編入生、内部生、エンブレムの順でくじを引く。演習は3人1組で行われる。
「まず、3人組を作ってもらう。引いたくじには印が付いている。同じ印の付いた人物が3人組のメンバーとなる」
名前を呼ばれ、くじを引いていく。現エンブレム所持者と前・Jの2名がくじを引き終わって、最後に一つ残った。
「欠席者――トリスタン=ディールはサクラの印だ。今日明日にでも本校に帰ってくるそうなので、同じ印の者はその旨を伝えるように」
《ダイヤ》Kであるトリスタンは事情があって故郷から学園に戻るのが遅れていた。フィスの手元のクジにその印が描かれていた。
(『両紋のトリスタン』が一緒とは…)
フィスは少し複雑に思う。トリスタン=ディールと言えば、魔法産業の盛んなアムシスタの誇る天才的な魔法開発者でいくつもの特許を既に取得している。だが、その人柄にはあまり良い噂を聞かない。
「フィス、お前はどの印を引いたのだ?」
「…サクラですね。セイフォンは?」
「三角だ。私は三角はあまり好きではないぞ。『可も無く不可も無く』は評価されたと判断できない」
ムゥッと眉をしかめ、口をへの字にする。
(別に、単なる記号だろ?)
そう思ったが、フィスは口には出さない。
「では、同じ印の者を探してください。私も探さなければいけませんし…」
「えっ…?一緒に、探してはくれないのか?」
「御自分でどうぞ。どの道、ずっと一緒という訳には行かないでしょう?」
「…そうだな。わかった、自分で探す」
シュンとするセイフォン。だが、こんな最初から甘やかしていてはいけないとフィスは振り返らないように逆方向へ向かった。
すると、天敵であるミハト=ロジュ=ブルーとシャカーラ=ベルジュに出くわした。
「よぉ、フィス。お前、何引いたの?」
「君のとは違う印を引いているはずだ」
「俺のはバツ(×)だ」
「ほぉ…君に似合いの印だな」
つい見下すように言葉が出る。
「フン、万年3位の貴様に言われる筋合いは無いな!」
何故かシャカーラが反論する。
「貴様の印は何だ?」
「――サクラだ」
「――何だと?」
シャカーラは驚いた表情をした。
「ツイてないな、シャカーラ」
「――全くだ!足を引っ張るなよ、愚民」
ふんぞり返るような態度をとるシャカーラ。見た目は華奢で可愛いが、言葉と態度はすこぶる悪い。それでも、ミハトに続く2位の成績をキープし続けている才女だ。
「じゃあ、代表者はシャカーラ?」
「当然だな」
シャカーラはフィスを無視してメンバーの名前を記入する為に壇上へと向かう。
「フィス。今回でお前とはお別れだな」
「――?」
「俺は『風』になる。そして、お前はきっと『雪』だ」
「首席を譲ると?」
ミハトはフッと微笑う。
「俺は俺らしく上を目指すのさ。――あっ!アッくん、ナーちゃん!」
ミハトは白い髪をした友人2人に駆け寄った。
一方、セイフォンはたくさんの生徒に囲まれていた。皆、口々に印を訊くのでイチイチ対応していては手間だった。
「三角だ!」
セイフォンは普段、そんなに出さない大声を出した。すると、二人の少女が人垣を縫ってセイフォンの所にやってきた。
「リズリー=クウァイエルだ。よろしく」
「わたし、コーネリア=スウィーティー」
セイフォンは少女達に印を見せた。少女達も印を見せる。どちらも三角(△)が描かれていた。
「私はセイフォン=ルヴィオールという。よろしく頼む」
「じゃあ、私は記入に行って来る。代表は私で構わないか?」
リズリーが問う。特に反対する理由も無かったので残る二人はこっくりと頷いた。
「セイフォンは寮で見かけた事無いけど、どこに住んでるの?」
「私か?私は中央棟に住んでいる。見掛けないのは当然だ。私に女子の知り合いは、たった今、知り合ったそなた達しか居ない。用も無いのに女子寮には入れぬだろう?」
コーネリアは大きな目をぱちぱちさせた。
「セイフォン…お兄さんなの?」
「ん?私はそなたを妹に持った覚えはないが…」
「そーじゃなくて!男の人、だったんですか?」
「どこからどう見てもそうであろう?」
(どこからどう見ても綺麗なお姉さんなんですけど…)
コーネリアはセイフォンの名誉の為にその言葉を飲み込んだ。しばらくすると、リズリーがカードを引いて戻ってきた。
「私達の課題は『ヒュージスライム』『アウローラの雫』『カチャトリアの肋骨』だ。そして、与えられたアイテムは『ファランシーの角笛』『キュアフレーク』よ」
「ほぅ…で、課題とやらはどうやればクリアーできるのだ?」
セイフォンがきょとんとした顔をして訊く。
「まず、『ヒュージスライム』だけど、『死体』等と具体的な事が書かれていない以上、生け捕りだね。『アウローラの雫』は森のどこかで見つけられるはずだけど…」
「ほぅ…で、『カチャトリア』とやらは?」
「さぁ?聞いた事が無いが、生き物である事は間違いないだろう」
「ふむ。…と、なると動物図鑑が必要だな」
大真面目にそう答えるセイフォンにリズリーは呆れた。
「とりあえず、図書館に行って調べるしかないわ」
「そうだな!」
「じゃあ、行きましょう」
まさか、一番年長であるはずのセイフォンが最も幼く、少女2人の方がその面倒を見なければならなくなるとは思うまい。だが、セイフォン自身はすっかり2人に助けてもらう気マンマンであった。
シャカーラがカードを引いて戻ってきた。
「フィス、課題は『キャットバーンの尾』『霊水エクリタシア』『ノアルージュのジャム』で、アイテムは『エヴァフレイムのランプ』と『乙女の絹糸』だ」
「わかった」
「では、分担を決めよう。ボクは『キャットバーンの尾』と『ノアルージュのジャム』を調べる。お前に『霊水エクリタシア』は任せる」
『霊水エクリタシア』は《ハート》の領域だ。シャカーラが調べるより、フィスがやる方がはるかに効率的だ。だからこそ、シャカーラはフィスに任せると言ったのだ。馬鹿にする反面、認めている部分も多いという事だろう。
シャカーラと別れて、フィスは真っ先に研究棟へ向かった。霊水の精製は専門書の方が詳しく載っているはずだ。
研究棟の図書室の一角、主に霊水についての専門書があるそこには先客が居た。
水色の髪、凛とした美貌、その瞳は緋色。『鏡の王女』と呼ばれる正真正銘のガーネッシュの王女、クリシュ=レビカントが居たのだ。
(…《ハート》Qなのだから、ここに居てもおかしくはない。だけど、そんな所に居られては目的の本に近付けないじゃないか…!)
フィスが思案していると、クリシュが顔を上げた。
「調べ物ですか?わたくしの事は気になさらず、どうぞお調べ下さい」
クリシュはパタンと読んでいた本を閉じた。そして、それを書棚に戻す。フィスは一礼して隣で目的の本を探す。
『霊薬の精製』といえば第一人者であるクローセルト=マーキスの著書が有名だ。一度、目を通した事があったが、分かり易く詳細だった。教本として使うにはアレが一番良い。
「クローセルト=マーキスの霊薬精製に関する文献ならここにはありませんよ?」
背後から声を掛けられる。まるで心を見透かされたかのように。
「クリシュ王女…」
ほぼ同じ視線の高さな上に、瞳を合わせてしまえばうっかり逸らせない。
「霊水に関する文献は何故か隠されてしまっている。課題の難易度を上げる為かは知らないけれど――」
クリシュも霊薬に関する文献を探しているらしい。
「貴方も霊薬を?」
「そうです。わたくしの課題は『霊水リスパーディア』なのです」
『霊水リスパーディア』は『障害解除』の複数の魔法をミックスした薬だ。フィスの課題である『霊水エクリタシア』よりも更に難易度が高い。
「ほとんどこのようなものは古文書の域です。それほど役に立つとも思えませんが、何もないままに指示するだけでは、わたくしと組んでいる3年生の為になりませんからね。貴方も、探し物がわたくしと同じなら、むしろ昔の資料やレポートを探した方が解決の糸口は見付かるかもしれませんね」
クリシュは穏やかに微笑う。一見冷たそうに見えるが、こうして笑顔を見ると優しさが伝わってくる。
「…ありがとうございます」
フィスは勢い良く頭を下げると、今度は踵を返して資料室へと向かった。過去のレポートを漁る為だ。
資料室の中には過去のレポートの他に、記録写真が残されている。普段なら気にも留めないのだが、何故かその時は気になってパラパラとアルバムを捲る。少し前の写真――現・5年生が3年の時の写真があった。そこにはさっき見たよりも少し幼い王女の姿もあった。
更に遡ると、フィスは写真の中のある人物に目を奪われた。
(セイフォン?いや…違う。ロウラン=オルヴィス=ルージュ…それと、メイライ=フィオリア=ルージュ)
写真に映っていたのは黒い髪の少年と少女。似ていると思ったのは全体の雰囲気だ。おそらくこの2人は兄妹なのだろう。ルベリア風の衣装を着ている。そのせいもあるだろう。
「緋色の袍か…セイフォンに似合いそうだ…」
フィスは少し微笑んで、アルバムを閉じた。そして、レポートの山から目当てのものを発掘する。根気よく目を通していくと、7年前のレポートが出てきた。
「アジェルナ=マーキス…霊薬に関するレポート…」
マーキスと苗字にひっかりを覚えて手にしたレポートは望んだ代物だった。そこには霊薬精製の手順と注意点、実験結果などが詳細に記されていた。その中には『霊水エクリタシア』も記されていた。
「これを借りていくか…」
フィスは貸し出し許可を取ると、一旦、部屋に戻った。部屋に戻って自分なりに準備を整えようと思ったのだ。
部屋に帰るともう夕刻に近い時間だった。食事くらいはセイフォンと一緒に、と考えていたフィスは、まだ戻ってきていないセイフォンを待つ事にした。
ところが――!
「な、何だ ?! 」
身体が浮遊感を覚えたかと思うと周囲の景色ががらりと変わった。
「――っ!…ここは?」
見覚えの無い部屋。そして、そこには1人の少年とシャカーラの姿。
「やぁ、君がフィスくんかい?」
「え、ええ」
メガネをかけたオレンジの瞳の少年はにっこりと笑った。
「僕はトリスタン。よろしく」
「――あ、貴方が…」
フィスは驚いていた。突然、訳のわからない場所に来たかと思えば欠席で顔を合わせていなかった《エンブレム》の1人が挨拶をして握手を求めてきたのだ。混乱しても何らおかしくは無い。
「びっくりした?僕、こう見えても魔法使いだから。呼び寄せるくらいは簡単なんだよ」
簡単と言いきるトリスタンに信じられないとばかりにシャカーラが首を横に振っている。
(これが、《エンブレム》…)
その時、勢いよくドアが開いて、その方向を見るとそこには《クローバー》のAとQ、そして見知らぬ上級生がいた。
「お帰りなさい、トリスタン」
「ただいま、です。先輩方」
すると、《クローバー》Aのシオンがフィスとシャカーラに気が付いた。
「おお、もう顔合わせしたのか?」
「ええ。マリウス先生が教えてくれまして。探すのは手間なので呼び寄せました」
「まぁ…でも、いきなり呼びつけられたら下級生は驚いてしまいますわよ?」
「ん〜、僕せっかちだから焦っちゃって☆」
トリスタンがペロリと舌を見せて笑う。
「せっかくだから、彼らも食事に誘ったら?」
見知らぬ上級生が声をかける。
「良い事言うじゃんアザリー」
「そうだね。知り合ったばかりだし、交流はある程度必要だし。アザロワ先輩の言うように一緒にご飯でも食べようか?」
その提案はありがたかったのだが、フィスはふとセイフォンの事が頭を過ぎった。
(セイフォン1人で食事をさせて大丈夫だろうか…?)
道順もまだ完全には覚えていないようだったし、何より1人で放置していては危険過ぎる。
「――すみません。その申し出は大変嬉しいのですが、ルームメイトの事が心配なので帰らせていただきます」
フィスは一礼すると、トリスタンの部屋を出ていった。シャカーラは目をパチクリさせていた。
「驚いた…」
(フィスが誰かを心配するだなんて初めての事だ。珍しい事もあるものだな…)
「…帰っちゃったか。ねぇ、君だけでもどう?」
光栄な事だったが、シャカーラは《エンブレム》3人に囲まれての食事なんて緊張しすぎて無理だと判断した。
「ボ…わ、わたしも今日は失礼します。明日から、よろしくお願いします」
シャカーラもフィスの後を追うように部屋を出た。
K専用寮、通称『菖蒲寮』から戻る途中、ポツンと立ったまま空を見ているセイフォンを発見した。
「セイフォン!」
「――?あぁ、フィスか」
声に気付いてセイフォンが振り返る。沈み始めた夕日の赤がセイフォンを茜色に染める。
「綺麗な夕日だ。この島に居ると太陽を近く感じる。私はそれがなんだかとても嬉しいのだ」
そう言って笑う。
「ええ。そうですね」
釣られて微笑む。すると一瞬セイフォンは驚いたような表情をしたが、すぐに嬉しそうな表情になった。
「寮に帰りましょう。夕食が待ってますよ」
「…そういえばお腹が空いたような気がする」
「単純ですね、貴方は…」
「そうか?」
何気なくセイフォンがフィスの手を取った。フィスは一瞬、躊躇ったがそのままにさせておいた。イチイチ注意するのも面倒になったのだ。それに、夕日を見ると、どこか物悲しい気持ちにもなり、少しだけ手を繋いでいたい気がしたのだ。
(おかしい…!何なんだ、フィスのあの態度は…!)
その一種、異様な光景をフィスの後を追うように『菖蒲寮』から戻ろうとしていたシャカーラはバッチリ見てしまったのだ!
(ルームメイトがどうのと言っていてが…アレがそのルームメイトとやらなのか?あの美少女ヅラした男が?)
いくらセイフォンが華奢とはいえ、それなりに身長もあり、骨格の作りもよく見れば男のソレだとハッキリわかる。シャカーラは頭を抱えた。
(思春期の男が男同士で手を繋ぐのは有り得ないだろうがっ…!)
シャカーラの頭からミハトがよくアレクサンドの手を引いて歩いている様は完全に除外されていた。何故なら、それは『手を繋ぐ』というより、『連行する』が相応しい形容だったからだ。
(ボクは、アイツと共に演習をやっていけるだろうか…心配だ…)
シャカーラはため息をついた。
たとえば、それが他人の常識で計れない行動であったとしても――
彼の世界はいつだって美しいのだ。
「美しい世界・2」です!
前回よりもフィスの神経が麻痺してきてます。
誰か止めて…!
こっちでのミハトちゃんは完璧、魔法使いモードですね。
魔法使いは基本的に冷たいので。(…正確には無機質)
シャカーラはどうですかね?
こういう口の悪い女の子を書くのは実は初めてかも。
「オレ●ジ・デ●ズ」の柴●コウのイメージです。